町工場の事例

支援前の状況

この会社は社員15名、大手企業からの受注依存度が6〜7割を占める典型的な下請け零細企業でした。

業績は収支ギリギリで、赤字の年度も散見される状況。自己資本比率も極めて低く、経営基盤は決して安定しているとは言えませんでした。

そのような中で3代目として現社長が就任。

しかし毎日の生産対応に追われ、経営者でありながら実質的には「工場長」のような状態でした。

今後どのような会社を目指すのか。そのために何をすればよいのか。方向性が見えない状態から支援が始まりました。

第1段階 現状を知る仕組みをつくる

当時、この会社には受注品番別や得意先別の採算管理の仕組みがありませんでした。

私はまず、感覚で行われていた経営を数字で確認できるようにすることを提案しました。

社長と奥様(現取締役)が中心となり、その会社に合った原価計算の仕組みを構築。エクセルによる簡易的な採算表ではありましたが、受注品目ごとの収益状況が見えるようになりました。

結果は衝撃的なものでした。多くの品目が赤字だったのです。

後日、社長と奥様から、「こんなにひどいとは思いませんでした。」、「思い切ってこの資料を取引先へ持参し、値上げをお願いしたところ、逆に『今まで申し訳なかった』と言われて驚きました。」という話を伺いました。

その後、経営計画の作成に着手。

採算改善による収益向上効果や財務改善の可能性を確認するとともに、大手企業1社に受注の6〜7割を依存する体質が極めて危険であることを共有しました。

そして、「将来的には主要取引先3社がそれぞれ3割程度を占める構造を目指そう」という方向性を定めました。

第2段階 収益改善と会社が前に進む土台をつくる

第1段階の取り組みにより収益力は改善しました。しかし次の課題は、特定企業への依存から脱却することでした。

そのためには新規開拓が必要です。ところが、この会社には営業部門がありません。

私は社長に、「社長自身が外へ出る必要があります。」と繰り返し伝えました。

しかし社長は工場の中心的存在であり、すぐに現場を離れることはできませんでした。そこで1〜2年かけて工場長を育成。社長が営業活動に出られる体制を整えました。

また、高い技術力を持ちながらホームページが存在していなかったため、ホームページの開設を提案。奥様が制作を担当し、私は顧客に伝わる構成や内容について助言しました。

現在では継続的に更新され、Web経由の問い合わせが途切れないホームページへと成長しています。

第3段階 顧客の視点で見る仕組みをつくる

工場を離れた社長は、自ら顧客訪問を始めました。

それまでの社長は優れた技術者でしたが、顧客と直接対話する機会は限られていました。

営業活動を通じて、顧客は何に困っているのか。どのような技術を求めているのか。自社に何を期待しているのか。を直接聞くようになりました。

また、高い技術知識を持つ社長自身が訪問することで、顧客との対話も深まりました。顧客の視点から自社の技術を見直すことで、新たな可能性が少しずつ見え始めました。

第4段階 気づきを形にする仕組みをつくる

顧客との対話から得た気づきをもとに、新たな市場への展開を進めました。

その結果、これまでとは異なる分野からの受注が増加。

大手企業1社への依存度は6〜7割から3割程度まで低下しました。

現在では主要取引先3社がそれぞれ3割前後を占める構造となり、経営の安定性は大きく向上しています。

また、ホームページを通じた新規問い合わせも継続的に発生しており、新たな顧客との接点づくりにつながっています。

第5段階 価値創造が継続する仕組みをつくる

社長が外へ出るようになったことで、人とのつながりが大きく広がりました。

現在では、自社だけでなく外部企業との連携による新しい取り組みも進んでいます。

受注増加により自社だけでは対応できない案件をネットワーク先へ発注したり、開発力のある企業やブランディングに強い企業と共同プロジェクトを立ち上げたりしています。

また、自社技術を活かしたブランド製品の開発にも着手。イタリアの展示会への出展や百貨店での催事販売など、新たな挑戦も始まっています。

一般消費者の声を直接聞き、それを商品開発へ活かす取り組みも進めています。

町工場でありながら、自社だけで価値を生み出すのではなく、多くの人や企業と連携しながら新たな価値を創造する段階へ進みつつあります。

その後の変化

以前、この会社の大手取引先の営業担当者とお会いした際、

「○○社長、青年実業家みたいになられましたね。野口さんのおかげで、こちらはやりにくくなりましたよ。」

と笑いながら話されたことがありました。もちろん、それは冗談交じりの言葉です。しかし私は、その言葉の中に大きな変化を感じました。

現場対応に追われていた社長が、顧客や市場に目を向け、新しい挑戦を続ける経営者へと変わっていった。その姿を長年見てきた取引先だからこその言葉だったと思います。

今後の課題

現在、社長と奥様を中心に会社は大きく変化してきました。

収益改善を進め、顧客の声を聞き、新しい市場へ挑戦することで、下請け中心の会社から自ら未来を切り拓く会社へと成長しつつあります。

一方で、こうした取り組みはまだ社長に依存している部分も少なくありません。今後の最大の課題は、次の成長サイクルを担う人材と仕組みをつくることです。

若手社員の採用と育成を進めること。

社長が持つ技術や営業の経験、お客様との対話から得た気づきを共有すること。

そして、顧客を理解し、気づきを形にし、新たな価値を生み出す取り組みを組織全体へ広げていくことです。

会社が成長する循環は一度回れば終わりではありません。

顧客を理解し、気づきを形にし、価値を生み出し、その経験を組織に定着させる。

この循環を何度も繰り返しながら、会社はさらに成長していきます。

現在、この会社は次の成長サイクルへ踏み出そうとしています。

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